男の子は父親をあまり好きではない。
先日、バイト先で一緒に働く人が言うのです。

それって違うんじゃない?
父親と息子の関係について、私が感じていることを記します。
父親を嫌がるのは、息子、それとも娘?
私の身の上で起きていることから、言いました。
昨年、母の葬式の折、久しぶりに顔を合わせたのに挨拶ひとつも、娘はしないのですからね。

すると、その人は自分のことで反論しました。
私は父ちゃんのこと好きだったよ。
似すぎ?
以前、久しぶりに昨年逝った母の実家に遊びに行った時のことでした。
その頃は、息子が幼稚園生だったか、小学校低学年だったでしょうか、私の親戚の叔母さん達に息子の写真を見せたのです。
すると、叔母さん達は、私の幼少の頃の昔の写真だと思ったのです。

違うよ、それは息子の写真だよ。
私がそう言うと、凄く驚いたのでした。
そして叔母さん達が言った言葉は ・・・
私と似て幸せ
今現在、息子は私と見間違うほど似ていることはありません。
但し、二人でいると、直ぐに親子だと分かるみたいですね。
息子にしろ、娘にしろ、母親より私に似ているのは幸せだと思います。
別れた妻は、鉤鼻、顎が大きいです。
それに、出っ歯でした。
出っ歯なので口を閉じにくく、常に少し開いているのですよね。
不健康的です。
だれのおかげで子供たちは禍を免れているか自覚して欲しいものです。

私は、顔は母親似です
一方、私はどうかと言うと、母親の方に似ています。
父は目がとても大きいです。
威圧感があります。

私は涼し気な目をしています。
性格は父親似
ところが、性格は父親に似ていると思います。
だから、若い頃に困りました。
父は怒り易いし、ひがみやすいです。

この頃の父から出てくる困った言葉は ・・・
私も若い頃、自分をコントロールできませんでした。

人間関係で苦労しましたヨ。
井伏鱒二の小説 山椒魚
父はよく私に説教する時に、井伏鱒二の山椒魚の小説をたとえにあげていました。
井伏鱒二の山椒魚の小説は学校の教科書にも出てくるので、私もよく知っていました。
父は、”山椒魚にだけはなるなよ”と言っていました。
ところが、父は私にではなく、自分に言っていたのでしょうね。
父は、山椒魚になってしまったのでした。
もう、人生の終盤に来ていながら、困った父です。

だんだん父に
私は出かける前、姿見の鏡にうつる自分の顔を見て苦笑いする時があります。

だんだん、父の顔に似て来たのです。
時々、ハッとする時があります。
自分の話す声が父の声に似ていたのです。
困った父と似て来たのに複雑な気持ちになります。


