先日の土日に母と叔父さんの墓参りに帰省しました。
とても疲れた旅でした。

思えばお墓参りしたのは久しぶりのことです。
樹木葬について、色々考えさせられました。
樹木葬って思っていたのと違いました
母は樹木葬で納骨されました。
私は納骨の時には来れなかったので、樹木葬ってどんなものか?
全く知らずに、今回、墓参りに帰省したのでした。
樹木という言葉から、木が沢山あるところかと思っていました。
イメージ的には下の様な木立の中です。

ところが全然、想像していた所とは違っていましたヨ。
樹木葬ってガーデン葬?
母の墓参りに着いたところは、ガーデンっていう感じのところでした。
樹木は無く、花が植えられていました。
慰霊碑が霊園っぽいだけで、整備された庭といった感じでした。
母の墓の場所が分からない
管理棟に行き、母の墓の場所を訪ねました。
すると付箋紙に、アルファベッドと番号を書いてくれました。
番地が記されているので分かると言われました。

ところが、全然、分かりません。
うろうろしていると、花を植え替えている男の人が案内してくれました。
すると、小さい字で母の名が刻まれているところがありました。
これは見つけられなくともしかたないです。
先々は自然に帰る
後で父に聞いたら、しばらくは骨壺を納めているところがあるが、先々は自然に帰る場所に移されるそうです。
樹木葬とは土に葬られるという意味なのでしょうね。
2006年にヒットした秋川雅史の歌、「千の風になって」は、私たちの死生観に大きな影響を与えた印象を持ちます。
死後は自由で、強く、楽しく
・・・といった意味の歌詞ですね。
樹木葬を選ぶということは自分の骨を骨壺から解き放ち、自然に帰そうという意思決定なのでしょう。
なぜ生まれて来たのか?
死を考えると、反対に、生きていることの疑問が浮かんできます。
生まれる前はどこにいたのか?
日々の生活を考えると楽しいことより、不安や落ちこむ事の方が多いです。
決して、自分が幸せだとは思えません。

あらためて、生きるってあまり良いことではない気がしてきましたよ。
千の風の様に、縦横無尽に自由に幸せに生きたいです。
樹木葬は母の為ではなく
樹木葬を選んだのは父です。
母ではありません。
父の父、私からすると祖父が買った墓があります。
叔父さんはその墓に納骨されました。
父は祖父母のいる墓に入りたくなかったのでした。
それで父は二人分の樹木葬の契約をしたのでした。

父は自分が死んだ後も我儘を通したいのです。
母の為ではなく自分の為に樹木葬を契約したのでした。
樹木葬は経済的
霊園の墓地の値段は百万円以上します。
一方、樹木葬は安く、数十万円で済みます。
その上、年間管理費や継承といったものも無いです。
つまり、私への負担が無いということです。
樹木葬はとても経済的な仕組みです。
自分の我儘を通そうとする父にとってはうってつけだったのでしょう。


