わたしは幸せではありません、今は。
もっと正しく言えば、幸せを感じられません。
この先、幸せとは縁遠くなってしまうのか?
老いても幸せになる生き方はあるのか?
自分の幸せについて考えてみます。
私が一番幸せだった頃
私が幸せだった時期は短いです。
多幸感にあふれていたのは大学に入学してから二年生位まで
あの頃は、楽しい事が向こうからやって来た感じでした。

おそらく自分が未熟だったので、見聞きすることが目新しく感じられたからだと思います。
夏休みに朝早く、面白い体験をしました。
その思い出は下のnoteに記してあります。

今、振り返るとあの頃は眩しいほど日々が輝いていた感じがします。
幼少の頃、不幸せだった
幼少の頃を思い出すと、悲しくなります。
辛い日々を送っていました。

・・・というのも、私は特殊な環境にあったからなのでした。
私は親戚の家にたらい回しに預けられていたからなのでした。
自分の感情を胸に押し込めていなければなりませんでした。
そして、わたしは事件を起こしてしまいます。
それも、noteの方に書き記しています。


振り返ると私は不幸だった時期が長かった気がします。
幸せって何?
私は良く独り言で言うのです。

なんかいいこと起きないかなぁ
何も起きません。
いいことは起きずに久しいです。
この後も、いいことが起きない気がしてなりません。
それもあり、すねてこんな疑問を抱きます。
美人に好きと言われたら幸せ
以前、ふうてんの寅さんの映画について、日記で記しました。

22作目は傑作で、本当に面白かったです。
大原麗子が楽しかったと言う意味で、寅さんに言った言葉があります。
寅さん、好きよ
この時、寅さんは羽化登仙の多幸感でいっぱいなのを、隠そうとするのですが、バレバレ
それは大原麗子の様な美人に好きと言われたら幸せでしょうね。
幸せに対する疑問
誰かに何かを言われて、幸せになる時もあるでしょうが、嫌な思いをする時もあります。
大概、腹が立つ時はなんかあった時です。
パブロフの犬と同じです。
刺激に対する反射です。
そこで私が抱く疑問は ・・・

人生は刺激に対する反射でいいのか?
幸せに対する疑問です。
パブロフの犬から脱しないと!
私が今、幸せを感じ難くなったのは、やはり歳をとったからなのだと思っています。
若い頃は刺激を感じ易く幸せを感じたり、怒ったりしました。
老いると刺激にあまり反射しなくなりますね
私はこの現象を、限界効用逓減の法則の一つだと思っています。
幸せと限界効用逓減の法則について下の日記でも記しました。

若い時の様に、喜怒哀楽が激しいというのは、あまり良くない気がします。
どうやって幸せになるか?
そう考えて行くと、疑問がわいて来ます。
老いたら、どうやって幸せを感じたらいいのか?
老いると徘徊してしまうのも、幸せを探してどこかに行きたくなるのかもしれません。

徘徊老人にならない為にも、幸せになる方法を探し出したいです。


